2008年02月20日

大江戸化け物画集『憑(つ)いてた』作者の動画?

ニポン妖怪大好きな刺青師ディブ・フォックスさん描く
YOU泣痛底奴すていつオブ大江戸化け物画集『憑(つ)いてた』
を当店ホーモ頁でご案内するつもりで、
作者ディブ・フォックスについて検索ぺこぽこして
いたら、こんな動画が出てこました。。



別人なのはぼぼ確実そうなのですが、
イレヅミ師らしくないにもほどがある場違いっぷり。

もしも、こんなヒトがイレヅミ師だったら。。
と想像したら、五寸釘みたいなゴツイのでないと、
針が何本あってもベキベキ折れてしまいそうで。。

参考うるる
*22日の午前0時すぎ以降には誤案内できているかと。。
大江戸化け物画集
憑(つ)いてた
www5f.biglobe.ne.jp/~dobunko/index42.html#80219
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2007年10月18日

母よ、殺すな by 横塚晃一 (2007、生活書院)

korosuna.jpg

『母よ、殺すな』by 横塚晃一(2007、生活書院)

「社会復帰」させられてたまるか!「リハビリ」なんかしてやるもんか!
とゆう横塚氏の主張には、
一見もっともらしい「社会復帰」とゆうコトバのおもたさに
時々ぐるぢー思いをしている脳性マヒでないわだぐぢ(誰?)
にも、噛めば噛むほどシビレる電気うなぎのスルメ干しの
ような強烈なマッサージ効果を味わいました。

横塚氏の言う、「社会復帰」させられてたまるか!、は、
生産性最優先で、他には何の価値基準もない「社会」なら、
そんな「社会」の常識はぶっ壊してやるぅ。
とゆう言葉のうわべだけをみると
え?と思うひともいそうかも?なのですが、
「社会」の常識に押しつぶされた母親が、
脳性マヒのこどもを実際にころしてしまっただけでなく、
それを止む無しと同情する世間が「現実」としてなかで、
このままでは、自分たちも早かれ遅かれころされてしまうやんけー。
とゆう切迫感から生まれた横塚氏や「青い芝」の
どこまでも現実的で実際的な社会じょうしき拒否の活動とコトバは
コトバとからだが数珠つなぎになっているような生身の手応えで
論理性とか客観性とかゆう冷ややかなだけで中立的でも何でもない
差別の温室のようなカベをそよ風のようにかるがる通り抜け、
ただの一読者とゆう立場をぐらぐらと揺らしてくれるのでし
た。

脳性マヒ者を日夜苦しめている差別を、脳性マヒでないヒトたちが
苦しんでいる他の差別もろもろと、安易に気やすくゴチャマゼには
してくれるな!と横塚氏は釘をさしているのは当然のこと
なのですが、とはいうものの。
生産性最優先どころか、
生産性も非生産もすべてお金に換算すればいいと信じているような、
むきだしの金銭欲最優先が「社会」の常識であるかのような妄言を
公言して恥もしらないヒトたちが
セレ部(?!)ぢゃ何ぢゃとチヤホヤされて
小学生の生活や意識までを変てこな状態に歪めている昨日、一昨日。

かつて脳性まひ者をころしたのとまったく同じ論理のどつぼの中に
ニホンぢんの大多数が投げ込まれている現実を、
もし横塚氏がみたら、どんなに悲しまれるでしお。。
健常者とゆうすごく変なコトバでくくられているわだぐぢたち(誰々?)も
とーても苦ぢいです。。

-------------

この本のなかみは、
・1978年7月に著者・横塚晃一氏が亡くなられた後に刊行された
『増補 母よ、殺すな』(1983、すずさわ書店)が柱になっていて、
『増補 母よ、殺すな』には、
・すずさわ書店から1975年に刊行された初版本の誤字誤植を訂正したものと、
「付録」頁で、
・横塚晃一氏夫人の横塚りえ氏(「え」は、ワ行(?)のむつかしいヒラガナの「え」
で文中に印刷されてるのですが、入力できませんですた)が中心になって
刊行された介護記録からの抜粋。
が収録されていたらしいのですが、
この生活書院版のためにさらに、
・単行本未収録の横塚晃一氏の「書き物と発言」
・追悼文
・映画「さようならCP」シナリオ
・青い芝の会年表(結成から横塚晃一氏死去まで)
・立岩真也氏の解説。
・参考文献一覧
などがつけくわえられています。

なかで、晃一氏夫人の横塚りえ氏が書かれている文章は、
晃一氏の文章以上に痛切で、
晃一氏のしごとが、時代の制約につながれた「ヲトコ」の仕事
だったことについて、考えなくてはいけないことを
知らせてくれています。。
そして、詩人横田弘氏のコトバの圧倒的なビユチフルさ。

晃一氏の文章からだけでは知る事ができない「青い芝」の活動に
ついて、友人のひとたちの追悼文を読んで初めて片鱗が
わかることもあるのですが、「青い芝」の活動を知る、
という意味では、この本は、ごく一面的にしか、
役に立たないようで、それがこの本の趣旨とは一応別のテーマ
なのはそのとおりかもなのですが、
追悼文のなかで矢田龍司触れられている
バス乗車拒否事件をきっかけにした、
溝ノ口駅頭バス27時間バスろう城闘争(川崎バス闘争?)を
収録の年表に明記しない、という配慮(?)は
ギモンをかんじますた。。

そしてとりあえず、溝ノ口駅頭バス27時間バスろう城、で
ぺこぽこ検索してみました。。

http://asakayu-ho.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_58df.html
http://asakayu-ho.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_327d.html
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2007/sk01.pdf
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/OJ5/nozaki.pdf

ふべんきょおで、巻末の「文献」のなかに
いままでに読んだ事のある本が1冊もないのですが、
中で、これから読んでみたい本うちに
『否定されるいのちからの問い--脳性マヒ者として生きて:
横田弘対談集』(2004、現代書館)
とゆー本があるのですが、
『母よ、殺すな!』も、ひとことでいえば、
正に「否定されるいのちからの問い」そのもの。

「愛」や「正義」とゆー超巨大パワーをふりまわして
いのちを否定し、葬りさろうとする時代のなかで、
ぢぶんたちのいのちを否定してくる他人たちの姿にふれる
ことが極端に多過ぎる立場に置かれた著者のコトバが、
まぶしいほど輝いてみえるとゆー事実。
それを、時代のふしやわせのような他人事として語るのは
づいぶん恥かしいことだなーとおもったりして、
ぢぶん(誰?)も、ちょっと熱くなりました。。

そしてまた、表紙および収録写真でみる横塚氏の笑顔の
リアルパンクスみたいな可愛らしさ。

伝説、とか、名著、とかのラベルを拒否しながら
いまでも生きていて、これからも生きていく本だと
おもいました。。
posted by dobunko at 17:58| Comment(1) | TrackBack(0) | ひと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月09日

泥棒作家ジョルジュ‐ダリアン

「アナルシスト横丁」とゆうホーモ頁
http://raforum.apinc.org/article.php3?id_article=979
を玉々みていたら、ジョルジュ‐ダリアンGeorges Darienてゆう名前とごっつんこ。どこかで聞いたことがあるー??と思ったら、きっとみなちゃまの愛読りすとにもくっきり刻まれているはずの、あのその世紀末暗黒ユウモア教養成り下がり小説の大傑作『泥棒』(フランス世紀末文学叢書9 訳=小潟昭夫、1985、国書刊行会)の作者、叛社会‐反社会主義主義ぶんがく者のジョルジュ‐ダリアンではねーですか。

肖像写真はこんなかんぢで殴り合いにつよそーな頑丈な首根っこと宇宙友好使節風の余裕のあるふぜいがイカにもタコにも冗談の大泥棒っぽいかんぢ(?)。

ジョルジュ‐ダリアン関連では、
ダリアン原作『泥棒』をルイ‐マルかんとくジャン‐ポール‐ベルモンド主演で映画化した『パリの大泥棒』(1966)と、『快楽代理妻/ベイビー・ブルース』のダニエル・ムースマンDaniel Moosmannかんとくで映画化されたたダリアン原作のヘーたい調教残酷ものがたり『バービ(Biribi)』(1971)の海外版ビデオやDVDはみつけれれなかったのですが、
小説は代表作もろもろ&『泥棒』ほんやく版各種(ドイツ語版、スペイン語版、スウェーデン語版)、評伝本などお取り寄せでけそーです。

お問合せは: dobunko@infoseek.jpまで。
posted by dobunko at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ひと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月08日

1960年代女装マニアくらぶ発掘写真集

フリーマーケットで偶然に発見された1960年代のとある女装マニアくらぶ主催者の写真アルバムを復刻したレトロちっくなラブリー写真集
スザンナの家 』。


好評売れ残り中です。

<<詳細はコチラで>>
posted by dobunko at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ひと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

網走五郎伝‐もうひとつの天井桟敷

網走五郎伝‐もうひとつの天井桟敷by渡辺 尚武 (2004、河出書房新社)

「天井桟敷」のところまでで読書中断していたのですたが、最近ヘンリー‐ダーガーdvdの宣伝ちうに「トマトケチャップ皇帝」のことをおもいだしたいきおいで、続きを読んでみたのですた。

朗読恐怖症から天井桟敷ぶとー派(網走派)や海洋博警備員やタクシー運転手、水晶島&魚釣島など経て沖縄で神社シントーの神主さんとゆう不思議な仕事をされているとゆー元‐網走五郎こと渡辺 尚武さんの自伝本。

ぼんやり読んだので読んでいるときにはもやもやしていただけだったのですたが、読み終わって時間がたってくると、優秀なひとをチヤホヤするな、とゆー主張をかかげ、ひたすらに肉体たんれんに励む著者って優秀なひと。。と読者を感心させる話ばっかりだったことが、思い出されてきました。
気のよわいヒトがカラダをきたえてカラダがリッパなひとになると、ほれみれ、こんなにこんなだぞ、と言われたら、はい、そーですね、とかしか言いようがないとゆいますか。。

それにしても悪魔の紅瑪瑙、ルビー‐サタンとゆーつごい芸名のヌードダンサー嬢の消息が
きになります。。
posted by dobunko at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ひと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月02日

真説‐光クラブ事件:東大生はなぜヤミ金融屋になったのか

『真説‐光クラブ事件:東大生はなぜヤミ金融屋になったのか』
by保阪正康(2004、角川書店)
よみました。
同じ著者の本は『「特攻」と日本人』(2005、講談社現代新書)しか読んだこと
がないのですが、とりあえずこの2冊は、きほん的にはおんなじテーマの本、
とゆう印象ですれ。(どんなテーマか、は、説明できないので省略しまし)。

執筆にあたってたくさんの資料をみていることとか、まぢめな取材で資料の
うらづけをとることへの地道なねついとか、ヂヤナリズム仕事の基礎工事が
ととのつているので、その点では安心して読めまーすた。
資料集めや取材協力の編集スタッフの名前まで文中に明記する著者の気配りにも
かんぷく。

いまでは入手がむつかしい、光クラブ事件の張本人‐山崎晃嗣名義の2冊の著書
『私は偽悪者』(1950、青年書房)と
『私は天才であり超人である』(1949、文化社)
の、懇切ていねいな解説本、みたいなようなで、山崎氏の元本が読んでみたく
なりますたい。。。

死んだひとの真情を、死後の本人になりかわって生きている誰かが代弁することは、
それはできないことなんでないののの。とか思ってみたりしたりして。
posted by dobunko at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ひと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする