2007年10月28日

まぼろしのアヂア名盤解放曲集シリーヅ

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1960-70年代タイのゴーゴー歌謡&ディスコ歌謡がビッチリつまった
『タイ・ビート・ア・ゴーゴー』ぉる1−3
『タイ・ポップ・スペクタキュラー』
あたりを最近ききききいてますのですが、
スゴいすっすすごいす
どれもどれもニポンの昭和C級〜Z級歌謡曲のいきづかいそのまんま。

とくに『タイ・ポップ・スペクタキュラー』は。
幻の名盤解放歌集CDシリーズの初期にまざっていても
ちいとも違和感のない名迷宮いろは四十八手坂。
インパクトは『カンボヂア・ロックス』シリーズ以上かも
で、昭和40年代ニポンがぢつは、こんなにもタイだった--
のがわかってカンゲキ。。

くはしいご説明は、
"PSYCH", CROSSOVER, BEAT, A GO-GO, FUSION from THAILAND"
http://progressive.homestead.com/THAILAND.html
をゼヒどどどーぞ。

その頁からのリンク先に、
音源やら画像やらも、ありゃこりゃぶら下がっていますので
秋のおわりの潮干狩りきぶん、
松茸の味お吸い物なかんぢです。

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オオサカ・ニュートンレコードさんホーム頁のご案内によりますと、
このシリイズの発売元「どエラい周波数(さぶらいむ・ふりくえんしいず)
http://www.sublimefrequencies.com/
は、Sun City Girlsのひとが運営している会社らしのですが、
ホーム頁からラインナップをのぞいてみると、
・「タイのハロウィン」あるいは「地獄の謝肉祭(マルデイ・グラ)」
の異名でしられるという北部タイの精霊祭り「ピーターコーン(Phi Ta Khon)」
を取材したDVD、
・フセイソ毒々せーけん下イラQのポップスとフォークソング集CD、
ミヤンマー黄金三角恥帯のギターさうんど集CD、
・泣きのテクノ演歌や革命宣伝ロックやイキがりガキん子ラップ目白押しの
ピョングヤング赤色ファンク&街宣ポップス集CD、
とゆうた塩梅で、怪しさ円天音源の魔窟。
音楽のない暮らしの素晴らしさを
再認識できるような気分になったりもしますネ??
posted by dobunko at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月22日

1940年代怪奇イラストと60年代ヒッピー漫画がゴッツン

ヂャンキィ作家ウィリアム・バロウズや奇人まんが家ロバート・クラムの
ポン友にして1960年代アウトロヲ漫画ぱいおにあーの、
S・クレイ・ウィルソンが1967年から30年上以上の間
描き続けている代表作
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縞しま悪魔(checkered demos)』の
傑作集:第1巻を、きのおから当店ホーモ頁でご案内しました。

で、そのあと今日は、以前ネツト上で見かけたことのある
S・クレイ・ウィルソンさんが装丁を担当した
蛇皮表紙のドイツ語版のW・バロウズ『わいるど・ぼういず』の
書影の画像
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を当店のもおヒトツのブログに貼付けておこうかと
思ったのですが、画像貼ってポン、では、
あんまりにもワビしいので、
バロウズさんの50年代ビート族と
60年代ヒッピーのS・クレイ・ウィルソンさんを結ぶフエキノリの
役目をはたした詩人で小出版社代表のCharles Plymellさんのことを、
作品集『S‐クレイ‐ウィルソンのアァ〜ト

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の前書きをたよりに、お触りしておくのがよいかしらんと思い、
自分でもー読めない手書きノートに書きなぐってあった
「S・クレイ・ウィルソン」の頁をぱらぱろ。

と。探していた名前とは別の名前に、目の玉が、おおっ!と吸い寄せられて
いったのですた。

「S・クレイ・ウィルソンが影響を受けた変態アンチ・モダニスト=
Thomas Hart Benton」。

なんでこの名前におろろいたかとゆいますと、
つい昨日、当店ホーモ頁でご案内した
『知られざる作品集:リー‐ブラウン‐コイの生涯と作品』のなかで
怪奇イラスト画家リー‐ブラウン‐コイがある時期おおいに手本に
していた売れっ子画家、として名前が上げられいるのが、
まさにこのトーマス・ハート・ベントン、だったからなのででした。。


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歪んでますねー。。

フランスからの亡命画家たちの到着以後、超現実派か抽象派でなければ
芸術家として時代遅れの烙印をぺったんこと押され、
それを境にぢぶんのスタイルを見失って没落していった画家たちの実例が
いくらもあったよおな時代に、
ぢぶんの地元の風景や地元の顔見知りのひとたちの生活のひとコマなどに
べったり密着しているのに誰がみても歪んでみえる変な具象的な写実画を
ガンコに描き続けていた、とゆー点で、いい意味、ほめ言葉としても
ハッキリ歪んでいたようにみえる画家トーマス・ハート・ベントンさん
について、もそっとよく調べてから日記を書けばよかったなー、と
反省ちうです。。
posted by dobunko at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

動画:H.P.ラブクラフト出演のニュース映画1933年

1940年代後半に雑誌『ウィアード・テールズ』の挿し絵や表紙イラストで
活躍していたこともある呪われた芸術家リー‐ブラウン‐コイの
生前未発表だった作品まであれやこれや収録した

知られざる作品集:リー‐ブラウン‐コイの生涯と作品

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を昨日の当店ホーム頁でご案内したので思い出したのですが、
ゆうちう部に、H.P.ラブクラフト出演のニュース映画1933年、
と題された動画があるのをごぞんぢぃでしょうか?



http://www.youtube.com/watch?v=7jQtkGJMtH0

コメント欄をみると、インチキ!の一言でみんなが片付けている
たわいのないものらしいのです。
でも、初めて見たときには動画で撮影すると
本人がこのように見えたりするのか?
と一瞬信じてしまいました。。
posted by dobunko at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 魔法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

世界最初のゴーゴーガールは?

エゲレスの出版社のホーモ頁で去年でた『ヂャパ舐めリカ』とゆー本の紹介を
発見したのですが、出版元ホーム頁経由でヂャパ舐めブログにたどり着いてみて
アレレー、とっくにニポン語のホンヤク本がでてたのですねー。。

そすてその流れの途中どこかで、ガイヂン・ア・ゴーゴーてゆうバンドの
ライブ写真とそーぐー。
:
この衣装、なんだかギャルGSピンキーチックスの
「初詣旅行」ばーじょんを連想しないですか?。。


http://www.youtube.com/watch?v=I_2bY_LUffM

「ガイヂン・ア・ゴーゴー」検索したら、
Myspace:ガイヂン・ア・ゴーゴーで音源や動画もみれるのですが、まーそれはそれ。。

そんなことより、ゴーゴーダンス。
ゴーゴーの語源て、知ってますたか?

おフランス語のア・ゴーゴーから来てるつて?
それはまー、正解なのですが、
その元をたどると、ハリウッド映画にいきつく、
てゆー話は、知ってましたか?

1949年のコメデイ映画「Whisky Galore」、
ニポン語に直訳すると「ウィスキーがいっぱいあるよー」。
この映画のフランス公開時タイトルが「ウィスキー・ア・ゴーゴー」
直訳すると「ウィスキーがいっぱいあるよー」。
これをそのまま店名にいただいた、「ウィスキー・ア・ゴーゴー」と
ゆー店が、おフランス・カンヌ界隈にあったのだそーで。

それがどーしてゴーゴーダンスと結びついたかとゆうと、
1963年ごろ、ニューヨークのツイストブームをハリウッドの
ナイトクラブに移植したらオモシロいのでないかと考えていた
とある米り理科ぢん(名前わすれました。。)が、
おフランス・カンヌ界隈を旅行中にたまたま見かけた
この「ウィスキー・ア・ゴーゴー」という店名をいたく
気に入り、海のむこうのハリウッドでも同じ店名を
使わせてくれるように、店主にかけあっった結果、
ハリウッド・サンセット通りに1964年1月にオープンした
のがオールドロック好きならかならず名前に聞き覚えのある
ライブハウス「ウィスキー・ア・ゴーゴー」。
営業内容のお手本は、ニューヨークにあった「ギンザ・クラブ」
だったそうなのですが。。

「ウィスキー・ア・ゴーゴー」には、フロアを見下ろすかたちで
中空に浮かんだDJ用ステージがあり、
スリットスカートをはいた女性DJパティ・ブロックハースト
(Patty Brockhurst)みずからが、曲にあわせてダンスを踊り狂い、
フロアの客を熱狂させたことから、ゴーゴーブームに火がついた。。

。。ぢつは、以上ものすごくどどでもいいよな実話はすべて、
当店ホーモ頁で、昨日10月17日にご案内しました

『サンセット通りの暴動:ハリウッド・ロックンロール最後の闘争

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とゆー本に書いてあったことのうろおぼえなのです。。

サンセット通りの暴動:ハリウッド・ロックンロール最後の闘争』は、
あまりにも詳しすぎて、ネット検索などでは調べきれない事実が
これでもかと凝縮されている濃厚な本で、
女性DJパティ・ブロックハーストが踊り狂っている最中の
現場写真もシロクロ図版ですが掲載されていたり。。

1960年代ガレージ/サイケとゆー曖昧であるようなないような
音楽ヂャンル(?)があり、
60年代ロック=サイケ=ヒッピー=サンフランススコ、とゆー公式(?)も
あります(?)が、
60年代ロックの夢=ガレージ&フォークロック=参加する文化
60年代ロックの死=サイケ&ブルースロック=ヘビードラツグ=退却する文化
とゆー立場からガレージパンクを讃えていて
歴史発見的データ性をたっぷりそなえた大充実の好著
でありまする。

この本についてはアレもコレも報告しておきたいこといっぱい
あるので、しつこくまた今度。。。
posted by dobunko at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

母よ、殺すな by 横塚晃一 (2007、生活書院)

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『母よ、殺すな』by 横塚晃一(2007、生活書院)

「社会復帰」させられてたまるか!「リハビリ」なんかしてやるもんか!
とゆう横塚氏の主張には、
一見もっともらしい「社会復帰」とゆうコトバのおもたさに
時々ぐるぢー思いをしている脳性マヒでないわだぐぢ(誰?)
にも、噛めば噛むほどシビレる電気うなぎのスルメ干しの
ような強烈なマッサージ効果を味わいました。

横塚氏の言う、「社会復帰」させられてたまるか!、は、
生産性最優先で、他には何の価値基準もない「社会」なら、
そんな「社会」の常識はぶっ壊してやるぅ。
とゆう言葉のうわべだけをみると
え?と思うひともいそうかも?なのですが、
「社会」の常識に押しつぶされた母親が、
脳性マヒのこどもを実際にころしてしまっただけでなく、
それを止む無しと同情する世間が「現実」としてなかで、
このままでは、自分たちも早かれ遅かれころされてしまうやんけー。
とゆう切迫感から生まれた横塚氏や「青い芝」の
どこまでも現実的で実際的な社会じょうしき拒否の活動とコトバは
コトバとからだが数珠つなぎになっているような生身の手応えで
論理性とか客観性とかゆう冷ややかなだけで中立的でも何でもない
差別の温室のようなカベをそよ風のようにかるがる通り抜け、
ただの一読者とゆう立場をぐらぐらと揺らしてくれるのでし
た。

脳性マヒ者を日夜苦しめている差別を、脳性マヒでないヒトたちが
苦しんでいる他の差別もろもろと、安易に気やすくゴチャマゼには
してくれるな!と横塚氏は釘をさしているのは当然のこと
なのですが、とはいうものの。
生産性最優先どころか、
生産性も非生産もすべてお金に換算すればいいと信じているような、
むきだしの金銭欲最優先が「社会」の常識であるかのような妄言を
公言して恥もしらないヒトたちが
セレ部(?!)ぢゃ何ぢゃとチヤホヤされて
小学生の生活や意識までを変てこな状態に歪めている昨日、一昨日。

かつて脳性まひ者をころしたのとまったく同じ論理のどつぼの中に
ニホンぢんの大多数が投げ込まれている現実を、
もし横塚氏がみたら、どんなに悲しまれるでしお。。
健常者とゆうすごく変なコトバでくくられているわだぐぢたち(誰々?)も
とーても苦ぢいです。。

-------------

この本のなかみは、
・1978年7月に著者・横塚晃一氏が亡くなられた後に刊行された
『増補 母よ、殺すな』(1983、すずさわ書店)が柱になっていて、
『増補 母よ、殺すな』には、
・すずさわ書店から1975年に刊行された初版本の誤字誤植を訂正したものと、
「付録」頁で、
・横塚晃一氏夫人の横塚りえ氏(「え」は、ワ行(?)のむつかしいヒラガナの「え」
で文中に印刷されてるのですが、入力できませんですた)が中心になって
刊行された介護記録からの抜粋。
が収録されていたらしいのですが、
この生活書院版のためにさらに、
・単行本未収録の横塚晃一氏の「書き物と発言」
・追悼文
・映画「さようならCP」シナリオ
・青い芝の会年表(結成から横塚晃一氏死去まで)
・立岩真也氏の解説。
・参考文献一覧
などがつけくわえられています。

なかで、晃一氏夫人の横塚りえ氏が書かれている文章は、
晃一氏の文章以上に痛切で、
晃一氏のしごとが、時代の制約につながれた「ヲトコ」の仕事
だったことについて、考えなくてはいけないことを
知らせてくれています。。
そして、詩人横田弘氏のコトバの圧倒的なビユチフルさ。

晃一氏の文章からだけでは知る事ができない「青い芝」の活動に
ついて、友人のひとたちの追悼文を読んで初めて片鱗が
わかることもあるのですが、「青い芝」の活動を知る、
という意味では、この本は、ごく一面的にしか、
役に立たないようで、それがこの本の趣旨とは一応別のテーマ
なのはそのとおりかもなのですが、
追悼文のなかで矢田龍司触れられている
バス乗車拒否事件をきっかけにした、
溝ノ口駅頭バス27時間バスろう城闘争(川崎バス闘争?)を
収録の年表に明記しない、という配慮(?)は
ギモンをかんじますた。。

そしてとりあえず、溝ノ口駅頭バス27時間バスろう城、で
ぺこぽこ検索してみました。。

http://asakayu-ho.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_58df.html
http://asakayu-ho.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_327d.html
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2007/sk01.pdf
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/OJ5/nozaki.pdf

ふべんきょおで、巻末の「文献」のなかに
いままでに読んだ事のある本が1冊もないのですが、
中で、これから読んでみたい本うちに
『否定されるいのちからの問い--脳性マヒ者として生きて:
横田弘対談集』(2004、現代書館)
とゆー本があるのですが、
『母よ、殺すな!』も、ひとことでいえば、
正に「否定されるいのちからの問い」そのもの。

「愛」や「正義」とゆー超巨大パワーをふりまわして
いのちを否定し、葬りさろうとする時代のなかで、
ぢぶんたちのいのちを否定してくる他人たちの姿にふれる
ことが極端に多過ぎる立場に置かれた著者のコトバが、
まぶしいほど輝いてみえるとゆー事実。
それを、時代のふしやわせのような他人事として語るのは
づいぶん恥かしいことだなーとおもったりして、
ぢぶん(誰?)も、ちょっと熱くなりました。。

そしてまた、表紙および収録写真でみる横塚氏の笑顔の
リアルパンクスみたいな可愛らしさ。

伝説、とか、名著、とかのラベルを拒否しながら
いまでも生きていて、これからも生きていく本だと
おもいました。。
posted by dobunko at 17:58| Comment(1) | TrackBack(0) | ひと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月14日

アルツハイマー病になった画家のビフォー&アフター

アルツハイマーを発病した画家が描いた自画像が変貌していく過程を
動画にしたものをユウチュウ部でみました。

http://www.youtube.com/watch?v=sy6SQXG0lIY

これだけ見ると、絵の作者のことが何にもわからないので
検索ぴこぴこしてみたら、ネツト上では
アルツハイマー発病後の絵ばかり有名にな印象をかんぢためた
アルツハイマー以前の作品をと、さらにピコピコしてみると。。

0unter.jpg

画家の名前はWILLIAM UTERMOHLEN。
ガレリエ・ベッケル・オディール・ボワコのホーム頁に、
アルツハイマー以前のお作品、および、WILLIAM UTERMOHLENさんの経歴、
1933年フィラデルフィア生まれのドイツ系アメリカ人で
1962年以降はロンドンに腰をすえて画家として生活。
アルツハイマー認定は1997年で、振り返ってみると1990年ごろから徴候あり。
といった履歴や経歴が、もすこしくわしく紹介されています。

アルツハイマーが身近すぎる方には見るのが辛過ぎる的な、
アルツハイマーが進行していく過程の作品は、
2006年10月にニュウヨウク医学アカデミーのプレヂデンツ・ギャラリーで開催され
発病後のWILLIAM UTERMOHLENさんの作品が広く知られる契機になった
The Later Works of William Utermohlen展のキロク
(NEXTボタンを次々に押していくと画像17点みれれます)
でも見られるのですが、

この展覧会のスポンサーだったらしい(?)、
ミリアッド製薬ホーム頁
http://www.myriad.com/alzheimers/art.php
から、リンクひとつたどると
ART AND ALZHEIMER 'S FEATURING WORKS BY WILLIAM UNTERMOHLEN
CATALOG PDF OCTOBER 2006
(PDFふぁる)を無料ダウンロードでけます。

(そいえば、上のリンク元で、UTERMOHLENをUNTERMOHLENと
ドイツ語っぽく誤記してあるのがいかにも製薬会社ぽい。。)

これをみると、それぞれの作品を、くわしいコメントつきで制作年代に
鑑賞でき、この中には、自画像だけでなく、
画家を支えつづけた画家夫人の肖像画も含まれています。
コメント、英語ですが、そんなにムツカシくないので、
ぜひコメント読みながら、WILLIAM UTERMOHLENさんの自画像と
にらめっこしてみてください。。


それにしても、いわゆる健常者としてのぢぶん意識が崩壊していく
過程を絵筆をとおして見詰めつづけている画家の手、目、いしき、
それが何なのかは、わからないけれど、つごいですねー。。

そしてまた、アルツ末期の時期の自画像に似通った絵を
習作時代からせっせと描いているアルツ知らずの画家が
いかにも大勢いそうなのも不思議といえば不思議です。。
posted by dobunko at 21:33| Comment(0) | TrackBack(1) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

動画:ヤホワ13、30年目の墜落

源泉:ファザー‐ヨッド、ヤホワ13および源泉教団をめぐる語られることのなかった伝説』(2007、英語版)
が先週、当店にもいよいよ入荷しました。

地元ロサンゼルスでは最近話題らしいこの本、
中身を斜めにぺらぺらみるだけで3日かかってしまったのですが、
ようやく昨晩もたもたと夜1ぢ半過ぎまでかかって誤案内こさえました。。
詳細は、当店ホーモ頁でどおぞどおぞ。。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~dobunko/index3A.html#71007

ところで、またまた今回も、
誤案内の中に書き忘れていたことや、書く余裕がなかったことなど、
誤案内作業が終わったあとになってからアレコレ思い出すことが
いくつか。。

ひとつは、
教祖ファザー・ヨッドことジム・ベーカー氏がフり一メ一ンン哲学者のマンリー・P・ホール
から著しい感化を受けていて、星が13個のアメり力旗を掲げたりしていた、とゆーお話。

これは、わだぐぢ(誰?)などにはまったくどどでもよいため
あえて割愛するつもりで割愛したのですが、オカルトまにあの皆々さまにおかれ
ましては、激しく妄想をそそられるポイントかと。。。

そすてそすて、これはまったくのどど忘れで誤案内から転がり落ちていたのですが、
ファーザー・ヨッドの動画をネット上で見ることができるのですねー。
http://video.google.com/videoplay?docid=7352568928532585692

しかも、この映像のなかには、教団アーカイブスから提供された、
ファザーヨッドのハングイダーが真っ逆さまに墜落している真っ最中の映像まで
含まれているのでビックリ。。

源泉:ファザー‐ヨッド、ヤホワ13および源泉教団をめぐる語られることのなかった伝説』の美点のひとつに、
教団残党の女性が著者なのですが、途中で教団を見限って離れていった元信者たちの
冷静な教祖批判の証言が要所要所に配置されている、とゆー床しさが
あるまする。

その美点がもっとも活かされているのが、本書の最大のやま場のひとつ、
教祖ヤホワの突然のハングライダー飛行決意から、墜落、そして、教団の宿舎での
絶命までの過程で。

世界終末妄想に取り付かれ、教団をみずから破滅的状況に追いつめた教祖、
誇大妄想癖に憑かれた教祖の仮面と、素顔の弱気な好色老人の間で
オロオロまごまごする姿が何ともリアルに馬鹿馬鹿しく哀しく
浮き彫りにされています。。。

ほかに、付録CD収録の超レア音源、ヤホワ13ライブ@ビバリーヒルズ高校。
UCLAでのライブの時の写真図版なども収録されてたりすのですが、
なんで高校や大学でSEXカルト教団のライブが出来たのか?とゆーギモンの
答えなども、もちろん、この本のなかに書かれてあります。。。

とか、ヤホワとターザンとハリウッドの関係、とかアレやソレや
色々と書き忘れたとゆいますか省略ておきましした。。続きを読む
posted by dobunko at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする